昭和46年10月3日 特別奉修委員会
                                入力者 大坪れい

 本当に同じ事柄でも、その方の受け止め方次第で、おかげにならぬ。または、( ? )ことがあるですよね。もう本当の受け止め方、だから、はぁそげな風に受けるなら( ? )その思とってもですね、中々とっさにそれがでけません。やはりもう、その~体質の中にそういうものがあるのですよね。昔の、え~武将もんの人は、まぁあの、江戸に出ると、水まで買わんならんげなというそうですね。井戸にでると、水まで買わにゃんと、あの武将もんではない、辛抱強い人は、井戸に出りゃ、水を売って食べていかれると申すそうですね。ね、だから、武将もんと( ? )時代というのは、そりゃもうどうにもしようがないことですね、(?)できん、(?)水まで買わなん( ? )、江戸に行って、いわば出世する成功するということになっとってもですたい、もう武将もんは、もうその微動ともしないわけですね、そういうふうに。

 と、辛抱強い人は、江戸に出られ、水を売ってからでも食べていけれるというような頂き方をするという話がありますね。それだから、私達がんなら、( ? )が( ? )もののおかげを頂くということは、これはもう大変なことだと思うですね、信心さして頂いておかげ頂くということは、そういうことだと思う。これは、おかげを頂くではなく、徳を受けるということはね、私達がまぁ、大坪家は大体が武将もん過ぎるですけれども、その武将もんすぎる者がですね、辛抱もん筋になっていくごというのですからね、これはもう大変なことなんですけれども、おかがを頂いて、それこそ泣く泣く辛抱し続けておったら、辛抱するということの有り難さが尊さが分かってくるというところまで、やっぱいかなきゃなりませんからね、

 え~さきほど、御祈念前に久富さんがお届けされるのに、まぁ今日の御理解でしょうかというて、お届けされましたが、御神願にさんずい編に立ち上がるという字を頂かれた。ね、さんずい編に立つということは泣くという字です。だから、これはまぁ今日の御理解の酸性とアルカリ性のそのことだろうといって、こ~久富さんが言われるわけす。確かに久富さん達夫婦の中にはね、あの~そういうものが感じられますね、何かこう、いつも沈んでおるとか、あの~何か、笑顔と泣き顔というなら、泣き顔の方がような感じのところが多いですね、ね、何かこう、陽気さと陰気さというなら、やっぱ陰気さの方にあるですね、陽気さというよりは、生まれつき朗らかな陽気な人というのじゃない。

 ですから、やっぱそれだけ、陽気になろうと思えや、大変なやっぱ(  ?  )だと思うんですよね。そこで私は思うんですけれども、そんなら、さんずいということは、自然ということでしょう。これに立ち上がるということです、様々な問題が自然の中に起きて来る。ね、けれどもその、それが難儀なことであろうが、悲しい事であろうが、その泣きたいような場合にあってもですね、こちらの受け止め方次第ではね、それがその相済まん涙になり、または、嬉し涙に変わることができるんですよ。ただ泣きに涙というのじゃなくてですね、神様がこのようにまでして分からせて下さろうとすると思うたら、もう有り難た涙になってくるです私。ね、神様がこのようにまでして鍛えて下さると思うたら、もう自然のこと(?)立ち上がることの、喜び涙になってくるとですよ。ね、

 ですからこのへんのところは、やはり信心をさして頂いて、あのそういう例えばタイプの人であっても、そういう頂き、私たちの場合なんか、あの四神様の御教えの中にもありますように、「泣いて頼む氏子はあるけれども、泣いてお詫びを言う氏子が少ない」と仰る、または「泣いてお礼をいう氏子が少ない」と、泣いて( ? )という氏子はある。だから金光様の信心さして頂く者は、とくに合楽で頂いておる者は、自然の中に立ち上がらなければならないような、例えばことに直面した場合です。それが私その、相済まんとして流れる涙なら、これは喜びの涙にも通じることになると思うです。または、こげんまでして、それこそ憎くしてこの手が当てられるかという親心が分かって、私は泣くならば、それこそ生き生きとした有り難い涙だと思うんです。

 だからそういうところ、そういう稽古をさせて頂きながらです、なるほど、おかげのあるも無きも和賀心というものを、いよいよおかげの頂かれる方の和賀心にしていかなきゃならんと思いますね。